「東濤会喜寿を語る集い」開かる

 平成29年10月19日に3年に渡り準備してきた標記の会がついに開かれた。
 7年前の平成22年11月15日、16日の日程で静岡県大仁温泉にて開かれた
 「東濤会50年を語る集い(古希の会)」以来の東京東濤会員と山形東濤会員
 との合同会である。
 あれから7年となると亡くなられた会員も多く、これからは更に会員の減少も
 進むであろうから、今回の会を開いたということは東濤会会員にとっての大き
 な意味のある事である。
 平成29年10月19日は午後13時から山形市テルサにて音楽祭を開催し、終了
 後に蔵王温泉つるやホテルへ移動して「東濤会喜寿を語る集い」を開く日程で
 ある。
 奇しくも今日10月19日は私の誕生日だ。自分自身のために頑張ろう。

 今後10月20日から24日までは山形県芸文美術館にて美術展を開くという日程
 である。

 大変過密な日程であるが県外から来る仲間たちに失望感を与えないようにと
 地元会員たちは準備に集中した。


 まずは音楽祭の様子から紹介していきたい思う。
 次は開場前の会場アプローズの様子である。
 ここに午前8時に集まりリハーサルが始まった。


 いよいよ音楽会は実行委員長のM君の挨拶で始まった。


 祝謡・仕舞の部が最初の出し物として仕舞「養老」と「竹生島」が演じられた。




 独吟として「熊野(ゆや)」が吟じられた。
 聴衆はよくぞ長い内容を詠じられるものだと感心していた。



 邦楽として三味線と尺八の絶妙のコンビで独特の世界を表現していた。

 洋楽の部の演奏である。フルート、尺八、バイオリン、チェロという多彩な楽器での
 コラボレーションであった。非常に珍しい演奏であった。

 

 多彩なE君のウクレレ演奏とボーカルであった。
 前回よりも技量が一段と向上していた。



 器楽演奏としてオカリナ演奏の澄んだ音色が聴衆を楽しませてくれた。



 バンド演奏となり懐かしい青春時代を思い起こさせる曲が演奏され聴衆を一時若い時代に
 引き戻してくれた。

 まだまだ若いものに対応していけるように頑張っていかなければ。


 最後の演目は男性二部合唱となり「花は咲く」と「見上げてごらん夜の星を」が
 歌われた。



 音楽会は最後に会場の方々も含めて全員で「ふるさと」を合唱して終了しました。

 遅くなりましたが当日のプログラムを掲載します。






 音楽会が終了後直ちに東濤会会員は山形駅前に準備していたバスに乗り蔵王温泉に
 向かった。

 会場は蔵王温泉「つるやホテル」である。もちろん社長は東濤会会員である。



 神主による修祓式だが、実は神主さんはT君であり東濤会会員である。
 お蔭でいつも神主は自前で手配出来ている。



 修祓式も皆神妙であった。


 恒例の全員集合写真である。


 東濤会会長の挨拶で会は始まっていった。



 宴席は84名の会員によりびっしりとなった。
 昔はこのような長い宴席だとタバコの煙がもうもうと立ち込めて先の方が
 霞んで見えない状況になったものだが現在はそのような心配はなくなっている。
 健康には本当によくなっている。

 

 恒例の濤謡会による謡が始まった。
 これにより会の雰囲気は引き締まっていった。
 謡い手の発声は一段としっかりしたものであった。




 これまで長い間、事務局長として孤軍奮闘して会を支えてくれたO君に会長から感謝状が
 読み上げられ、これまでの労をねぎらってくれた。



 女性代表から乾杯の音頭をしてもらう。
 ユニークな挨拶により会のムードは一段と柔らかくなっていった。



 M君による南京玉簾れのかくし芸が披露され、会は盛り上がっていった。


 宴会はますます賑やかになり歩き回ることも大変な状況になっていった。


 山形東濤会会長によるエールで最後の締めをして閉会となった。

 

 この宴会終了後はホテル内に設定された二次会場の部屋で会員それぞれが
 昔の学生時代の思い出話に花を咲かせ、夜遅くまで語り明かした。

 
 今日のこの宴会が終わり次の日の10月20日には午後6時からは山形駅前メトロポ
 リタン山形で山形東高校同窓会総会があり、その席で我々は同窓会から喜寿のお
 祝いを受けることになっている。

 まだまだ喜寿を語る集いの行事は続いていく。


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