昨日丸谷さんの訃報を送りましたところ、庄司忠史氏の奥様から
ご連絡いただきました。以下 奥様からのメールです。
「いつも連絡をありがとうございます。
少し気にしながらも、今日まで連絡が遅くなってしまいました。
実は夫・庄司忠史(80)は去る4月17日に召され、
片倉キリストの教会にて家族葬で見送りました。
かねてから呼吸器、循環器他多数の不具合を抱えながらも、
ひと月前までは平穏な生活を送っておりました。
本人の希望通り、大好きな自宅で最後を迎えることが出来、
満足だったと思います。
生前は大変お世話になりありがとうございました。
妻 庄司マリヤ」
ご冥福をお祈りいたします。
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浪岡 嘉之
電話 0466-86-5301
スマホ 080-3154-5168
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タブレットE: megamacnamioka@gmail.com
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以上が浪岡氏経由の奥様からのメールです。
更に布施氏からのメッセージも届いていますので紹介します。
浪岡様、皆様
丸谷武久さんに続き庄司忠司さんの訃報に接し、しばし絶句!
お二人のご冥福を祈るしかありません。
丸谷さんが設計した聖路加病院は日本建築学会賞をもらったと
本人から聴きました。日建設計本社に近い東京大神宮前の飲み屋
「さくら本店」を愛用していたので、紹介してもらって私も時々
友人達と使っています。仕事にも趣味にも熱血漢だったと思います。
カラオケを愛し、三鷹市民合唱団でも歌っていたので、だいぶ前
一度聴きに行きましたが、あれが本人を見た最後になりました。
庄司忠司さんは、丸谷さんに劣らぬ熱血漢で、純粋な文学青年?、
東京都の高橋(?)副知事に可愛がられ、都の国際活動分野でリーダーを
務めました。
ただ、やや身体が弱かったので、数年前から自分の死期を予想・
覚悟していて、東高時代からの想い出など半生記を書いて私にも
送ってきました。しみじみした内容でキュンとなりました。
なお、奥様はたぶんICU時代の同級生でいらっしゃるかな(クリスチャンの
洗礼名を拝見して)と想像しますが、ご本人も洗礼を受けていたかどうか
知りません。
お二人とも私と同じ中央線沿線にお住まいでしたので、そのうち
また会えるかなと淡い期待もありましたが、叶わなくなりました。
心からお二人のご冥福を祈ります。
布施 和夫