東涛会50年を語る集い(古希の会)
開催さる


 平成22年11月15日、16日の両日に亘って「東濤会50年を語る集い」
 が開催された。
 今回は東京東濤会が当番ということもあり関東地区での開催となった。
 
 今回は特に静岡在住の方たちが幹事となって大変な努力をしていた
 だいた御蔭で無事開催の運びとなった。
 会場は静岡県伊豆の国市伊豆大仁温泉の「大仁温泉」である。
 問題は山形からの参加者の態勢であるがいろいろ意見もあったが
 山形東濤会幹事長の有無を言わせぬ決定でバスで現地乗り入れとな
 った。
 山形東濤会にとっては恒例の集合場所となっている山形駅西口から
 午前8時出発となった。
 




 珍しく今回は定刻出発となったがバスの後部が配置変更可能になって
 いるためにさっそく走るサロンと化した。


車内で幹事長の挨拶となる。バスのガイドさんも「当たり」であったため
車内は和やかな雰囲気で現地をひたすら目指すことが出来た。

 ガイトさんによると珍しい位に空いていたとのことで現地に午後4時
 頃に到着、さっそく東京東濤会のメンバーの出迎えを受けた。


 会場は大広間を借り切っての大宴会場であるが正面にお神酒がある
 のをお気づきだろうか。これは宴会用ではありません。
 これは会員が今年数えで古希になったためにお祓いをまず行ってか
 ら「語る集い」に入りたいという幹事の仕掛けのためであります。



 ということでまず白無垢姿の神主のリードで御払いの儀式が進められ
 たが実はこの神主も当会会員のため自前での儀式となった。
 いくら念入りにお払いして貰ってもただ同然ということで彼にいろいろ
 のお払いの注文を付けたため特に念入りの儀式となった。


 酔っぱらわないうちに全員で集合写真となった。


 次も会員による祝舞、祝謡となった。これも全て自前でやれる。



 
 更に祝演奏も重なった。

 ここまでで山形から行った連中は喉の渇きを訴えるようになった。
 さっそく宴会に入っての大いに語る会が始まった。
 

料理も大変美味かった。やはり山国の我々にとっては魚料理は大感激だ。


 大宴会も恒例の山形東涛会会長のエールで御開きとなった。


 無事「東濤会50年を語る会」も終わり次の日は沼津の会員の案内に
 より観光コース巡りとなった。朝8時出発はちょっときつかったが。
 まずは伊豆半島でも陸の孤島と呼ばれる地区の戸田(へだ)港を訪れ
 ここから高速船に乗り沼津港をめざすこととなった。
 やはり戸田までのルートは厳しいと感じた。山形のような雪のある地
 域だったらとても行き来は出来ないだろう。
 でも天候は快晴のため快適な気分であった。
 ここで改めて戸田と遭難したロシア艦船員救助の関係のエピソードの
 再認識をした。
 次の写真は戸田の港の全景であるが港の近くにあった資料館の写真を
 見ると明治時代には正面の細く伸びた半島状の地域は存在していなか
 った。


 全員で港の雰囲気を楽しんだ。


あちこちで記念写真の撮影だ。


 いよいよ船が来た。結構大きい船で乗り心地も良さそう。

 
 高速船はさすがに早く後部は水の壁を作りながらの駿河湾快走で
あった。

 富士も見事に我々を迎えてくれた。
 船の振動がものすごくうまく映っていたのは数枚であった。
 でも北斎の版画を見ている気分になれた。
 (もっとも北斎の版画富嶽三十六景の現場は神奈川沖ですが)
 でも素晴らしい光景に感動!


 沼津に着いて今度は沼津港市場周辺の散策と昼食となった。


 次は富士山の湧水により有名な柿田川の湧水見学所を訪れたが
 とても綺麗な清流であったがこれらの光景は市民のボランティアたちの
 努力でここまで来たとの話を聞き感動をした。


 最後は三島神社参詣となり各自の願い事の願をかけた。

 
 三島神社の境内で最後の挨拶と御礼をそれぞれ幹事長から行い
 全日程の終了なった。



 この後午後2時半出発で山形をひたすら目指してバスは走り山形駅
 到着が9時頃となり各自散会となった。
 今回は山形、東京の各東涛会役員による綿密な計画により実現した
 ものであったが特に沼津地区の会員の皆さんのご尽力は大きなもの
 あった。山形東涛会のメンバー一同深く感謝の気持ちで一杯となった
 良い旅であった。
 明日からまた再会を目指して頑張って生きていこう!!。

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