山形東濤会会員が地域に貢献 文化祭を開
                                令和元年7月5,6,7日

 私が住んでいる所は山形市の旧市街地の中でも最も歴史のある宮町、
 銅町のエリアです。
 昭和40年頃までは町全体が工場で埋め尽くされ大勢の人が動き回る
 大変活気のある街でした。
 その後は全国のどこの町とも同様の現象で急速に衰退し、それと共に
 高齢化が押し寄せている。
 私は現在宮12区の老人クラブの代表をしているが常に何とかしなければ
 町の勢いは無くなってしまうと心配している。
 じっくりと町を見渡して見るとここは以前に職人の町だったので「昔取った
 杵柄」 に該当する方が高齢者の中に数多くいることを認識した。
 私はこれらの方たちの作品を集めれば立派な文化祭がやれると判断した。
 クラブメンバーに提案してみると誰もが「そんなこと無理だぁ」との答えだった。
 そこで私は一人一人に「あなたのあの労作は素晴らしいよ」と語りかけて
 説得すると全員「それじゃぁ やってみるかぁ」となった。
 こんな経過を経て「宮12いきいきクラブ文化祭」を開くこととなった。
 私の所では老人クラブと称さないで「いきいきクラブ」(別称アガスケクラブ)と
 称している。
 幸いにも私の町には自前の集会所がある。自由にいつでも使えることが
 大きな強みだ。今回はここを会場にして開催した。


 看板も全て手製だ。


 展示場の様子だ。
 傘福や写真パネルを展示した。


 この作者は元建設業勤務の傍ら桐の一木から削り出した本物です。
 さっそく買いたいとの声があったが本人は手放せないと言っていた。


 会場はこのような気楽な会場です。
 別室に台所があるのでそこでお茶を飲みながら楽しい談話をしながらの
 他には見られない文化祭作品鑑賞です。


 これも折り紙細工の講師をしている方の力作です。
 一つ一つは径7ミリほどの小さな鶴です。
 これをひたすら集積して作ります。


 これは大賞をいただいた作品です。毎日の水管理が大変そうです。


 電子工作という分野を設定したのも当文化祭の特徴です。
 私が作った監視カメラです。プログラムも公開してあります。
 子供たちに人気がありました。


 これも出版物というジャンルを作り展示しました。
 今年は私だけの出品でしたが次回は多く出そうな様子でした。


 日光彫りの作品です。
 ご婦人の作品ですが現物を見るとよくぞ正確に彫ったものだと
 感心させられます。


 絵画の部門です。この方は県展にも何回も出品しており賞を何回か受賞
 しています。


 私も言い出しっぺとして責任を取り出品しました。
 宮城県の桜の名所の船岡町の桜を描きました。


 人気があったのは手製の蒸気機関車です。
 全て廃材を利用した手作りです。ちなみにボイラー部分は廃棄された
 消火器を拾ってきて加工したとのこと。
 後ろにある新幹線は電気モーターで動かします。
 作者は私より2歳上の先輩で今も板金業をやっています。
 とにかく頭が下がります。


 途中通りかかった町民も思わず立ち寄り苦心談に耳を傾けています。


 最後の打ち上げ会の様子です。
 全員無事文化祭を完了できた喜びで一杯の様子をご覧ください。


 さて、以上、今回私の町で開いたお年寄りの文化祭の様子を紹介しました。
 先にも述べましたが自分の町を良く見てみると第一線を退いた後に家に
 閉じこもり折角の才能を埋もれさせている方が沢山おるはずです。
 このような方を掘り起こし、もう一度彼らの成果をもう一度世に紹介してやる
 ことは立派な高齢者対策だと思うのですがいかがでしょうか。


   戻る