もう一つの関ヶ原探訪の記
昨年はテレビ大河ドラマ「天地人」で直江兼続が主人公になったことにより
上杉藩が脚光を浴びた。その折にこのドラマでほんの少しの時間だけ最上
義光の紹介があった。しかし米沢が主で山形は従にならざるを得なかった。
実はこのテレビドラマでは取り上げられなかったが大変に大事な戦いが関ヶ原
の戦いと並行してここ山形の地で行われていた。
これが長谷堂城と畑谷城を舞台とする壮絶な戦いであった。
人はこれを「もう一つの関ヶ原」と呼び「慶長出羽合戦」と称されている。
本当はこの慶長出羽合戦にも多くの人間ドラマがあり「天地人」のドラマよりも
ずっと興味深い人間ドラマがあったのである。
山形東濤会のある会合の時に長谷堂城と畑谷城巡りをしてみようとの声が生じ
これを受けて長谷堂の遠藤君と作谷沢の応援団の近藤が当番となり両城址の
探訪会を5月22日に行うことになった。
4月24日の山形東濤会総会時に本計画への募集を呼びかけた。
最終的に仙台の笠原君の参加もあり12人の参加となった。
5月22日(土)は少し薄曇りの空となり山登りには最適の天候となった。
午前9時半長谷堂集合で探訪の会が始まった。
次の写真のように長谷堂城主遠藤君の挨拶で始まった。
次は長谷堂城への登り道の様子。左側は長谷堂の町の方向を眺めているところ。
早くも足並みに乱れが生じた。ガイドさんからは早くと声をかけられる始末となった。
長谷堂城跡を訪れて下山の途中で記念写真を。
次は直江兼続軍から500人が斬死されたという悲劇の畑谷城の探訪へと向かうために
畑谷の部落へとコースをとった。
途中昼食のために畑谷の部落内にある民宿「旗ざお」で本当は今回のメイン目的で
ある「蕎麦食う会」の実施となった。
何しろ民宿の目の前の畑で採れた蕎麦を打っての手打ちそばであるから美味かった。
ワラビ等の山の幸、幹事の遠藤と近藤でこねた(こねさせられた)蕎麦の「かいもち」も出て
全員今日の目的は果たしたという気分になってしまった。
誰も民宿から出発しようなどという声が起きないうちに次の目的地畑谷城のガイドから
いつ来るのかとの催促の電話もあり慌てて(渋々)民宿を出発して資料館へ向かった。
まず最初は資料館で畑谷城の説明を受けた。
畑谷城は完全な山城で自然を防御の手段にしている。
特に城の周囲には空濠(からぼり)を幾重にも巻いて攻め手が簡単には攻めてはこれない
ようにした。次の写真はその空濠の説明をガイドさんがしてくれているところです。
でも後ろの連中は説明などそっちにして山菜の品定めをしていますなあ。
いよいよ山頂への道をたどることになる。ビールを飲みすぎた身にはつらい人もいた。
でも無事全員山頂の城跡に辿り着き城跡の地で恒例の記念写真となった。
この地で最上義光への義を果たすために全員討ち死にをした江口五兵衛光清の人となり
に想いをはせて全員厳粛な気持ちとなった。
現在のように「義」などということが無くなりつつある今こそ彼らの行動は光って見える。
この後全員無事下山となり自主解散の形で散会となった。
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