私的記事の紹介
令和4年5月5日の新聞掲載記事より
4月18日に園部君が理事長をしている山形交響楽団の定期公演があった。
山形東濤会のメンバーも多数聞きに来ていた。
この時の演奏は大変感動的なものであった。
それに加えて私なりに感じたことがあったので山形新聞の読者投稿欄に応募した所
掲載された。
その内容をいかに紹介する。
令和3年8月13日の新聞投稿記事より
山形市で地元企業の雄として活動しているミシン製造業のハッピージャパンが
山形新聞に一面全紙を使った広告を出して今後の自社ブランドによる新製品の
発売予告をした。
同社は戦後の山形市の経済を全面的に支えてくれた大恩人である。
そのような企業の活動宣言に私はおおいに喜び、その気持ちを新聞に投稿した。
私の考えは理解していただけたらしく8月13日の新聞に掲載された。
その内容を紹介します。
平成29年6月11日の記事
平成29年6月11日から13日まで私が昔勤めていた県立山形工業高校の
電気科の生徒たちと函館旅行をした。
一年おきに私と妻を誘ってくれての旅行となっている。
平成27年にはタイで消息が不明になっている同級生を探しに行こうという
名目でタイのバンコックで同級会を開き、それにも私を誘ってくれた。
高度成長期にそれぞれが苦労して職場にとって大切な人間に成長した立派な
生徒たちだ。今では私が彼らに社会を引率されている状況だ。
この函館旅行には写真のメンバー以外にも参加の希望者は多くいたのだが
それぞれ親や奥さんの介護等で参加出来ないものがいた。
やはりそれなりの年になっているということなのだろう。
山形新聞の平成30年1月15日版にその時の記念写真が掲載された。
この"同窓会"というコーナーは大変な人気スポットになっており掲載まで通常
半年待ちと言われている山新自慢の特集記事である。
今回次に紹介する形で記事が掲載されたので紹介します。
次回は銀山温泉と決定している。それまでは何とか健康でいなければ
ならないと思っている。
戻る