いよいよ山形の春が始まりました  令和8年4月8日

 長い冬の期間、寒さに耐えてきた山形人にとって春の訪れは大きな喜びである。
 別の面から言えばただただこの瞬間を味わうために山形人は生きているのだ
 と言えます。暗く、寒く、どこにも行けない環境から突然明るくまぶしい世界が
 ひろがっていく。この変化の感覚は東北人でなければ分からないだろう。
 本当にこの季節の変化時点を感覚的に分かるということを南国の人たちは
 分かんないだろうなぁ。
 さてゆっくりと時速30Kmの速度で北上してきた桜前線がようやく山形にたどり
 ついた。
 四月八日は釈迦の誕生日ということでもあるのかここ山形市は気持ちの良い
 快晴の天気となった。こうなれば奥方も居ないし桜の下へ駆けつけねばならない。
 さっそく9時半に霞城公園に来て見たら駐車場は満杯だ。何と県外ナンバーが
 多い。おそらく桜追っかけの人なのだろう。私の町内にもいる。
 さて、霞城公園の桜は私の幼少のみぎりの頃から私の楽しみであった。
 自転車で堀の土手の道をビュンビュン飛ばしていた。何人か土手から落ちて
 いった子もいた。でも誰も怪我なとしなかった。
 今日はその道をゆっくりと歩くことにしました。

 ちなみにここ山形城は最上義光時代は全国で5番目の広さを誇りました。
 ただ義光の方針で天守閣は作らずに広い平城の様式を守りました。

 今日は駐車場の関係から大手門から入らずに北口門から入りました。
 ここ霞城のさくらの特徴は堀に垂れ下がる桜たちの姿です。
 このように掘り全周が垂れ下がった桜で覆われています。




 午前中は夫婦でのどかに散策している光景が多いです。


 今は土手の道もこのように立派になっていますが前述の私の子供の時の道は
 幅は1メートルもない柵など無いただの土くれの道でした。
 そこを自転車で走り回ったのだから今から見れば無謀だったんだろうなぁ。



 駐車場はもう満杯になっています。


 次は堀の北東側の光景です。昔は雷魚が良く獲れたあたりです。


 お堀の向こう側に線路があり列車が走ります。
 このようにお掘りに近い所を鉄道が走っている所は珍しいとのこと。
 電車もここを通る時は減速して桜鑑賞の時間にしてくれています。


 
 この橋が霞城の場内に入るための橋です。この橋の下が奥羽本線が走っています。
 新幹線がこの下を走る時には電車を見ようとする人で一杯になります。
 今回は残念ながら新幹線には会えませんでした。

 ここは場内です。この日陰になっている後ろの場所に大きな大手門があります。


 さて再び場内に戻ります。場内の中央のエリアにあるのがこの門です。
 ここは本丸御殿への入り口です。本丸一文字門といいます。
 この先は義光の政治の中心地であり居住エリアとなります。
 現在ここから先は発掘した資料を基に新しく本丸御殿を復元しようと
 する作業が進んでいます。 でも進みはゆっくりで私の存命中に実現するやら。



 橋の様子です。



 次は元に戻ります。昔、七日町にあった済生館は現在この地に移されました。
 異様な姿のおかげで参観者は途切れません。
 私は幼少の頃、祖父を見舞いに来た時に人に連れられて一番上まで登った
 記憶があります。
 狭い螺旋階段をグルグル回って登ったことを覚えています。
 現在は登ることは出来ません。



 公園の中に最上義光公騎馬像が屹立しています。
 公の視線の先にある長谷堂に陣している上杉勢直江兼続の陣地に向けて
 突撃の檄を飛ばしている姿です。完全な二本足で立っている騎馬像は世界で
此処だけです。他は全て何らかの支えの装飾物を介して立っています。
この像の企画段階で設計会社から立つわけがないと馬鹿にされたことに我が
銅町の職人集団が「それじゃあ 俺たちが立たせてやる」と意気込んで作りました。
先頭職人は私の先輩で優秀な方です。今も元気でお付き合いをしています。

騎馬像はあの東日本大地震でビクともしなかったことで銅町職人集団の勝ちで
あることが証明されました。


 大手門の石垣が綺麗です。上の建物は新しいものです。

 
 門の外(東側)はすぐに線路です。丁度奥羽本線の電車がきました。
 ゆっくりと桜鑑賞のために徐行運転をして乗客サービスをしています。
 今回は残念ながら新幹線とはお目にかかれるタイミングが得られません
 でした。



 門を出て橋を渡ると昔の大沼デパート方向へ向かう道です。
 昭和30年代はこの道の左側は赤レンガの壁が続く陰気な通りでした。
 何しろ壁の中は刑務所でしたから。
 今は、美術館や最上義光資料館等が並び明るい伸び伸びした雰囲気に
 なっています(残念 検察庁、税務署があった)。



 前方の高い建物は霞城セントラルビルと称して山形のシンボルタワーに
 なっています。
 


 さて冒頭でも述べましたが私たち山形人にとって厳しい冬を乗り越えて春を迎え、
 桜の花を見られることは無上の喜びなのです。
 今回の観桜を妻と二人で出来たことは私にとって本当に嬉しいことでした。
 これからは暑さとの戦いがまもなくやってきます。山形の夏は暑い。
 暑さに負けないで頑張っていく準備をこれからやっていきます。


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