稀楽器シリーズ 

  1.ハワイアンギター(スチールギター)

 戦後の荒廃した町の中に何とも言えない音楽が流れ始めた。
それがハワイアンであった。
 食うや食わずの生活をしている日本人にとって常夏の島ハワイはほんとうに夢の島であった。
 そのような夢の島を思い起こさせてくれるハワイアンミュージックはギスギスした人々の心を十分に
 慰めてくれるものであった。
 このようなこともあり日本は軽音楽ブームとなった。その主役はハワイアンミュージックであった。
 灰田晴彦、有紀彦兄弟やバッキー白片、山口軍一、ボス宮崎等の名前は50代の人たちなら
良く知っているはずである。
 マヒナスターズを率いていた和田弘もハワイアン出身であったことはよく知られている。
 さて、このハワイアンミュージックの中心をなしているのがあのハワイアンギターの独特な音色で
あろう。ハワイアンギターは別名スチールギターとも言われている。

その音色を形成しているのはギターアンプである。実はスチールギターはアンプ無しでは無力となる。
ギターとアンプが一対となって初めてあのハワイアンの音色が生まれるのである。

 私が大学生の頃(昭和38年頃)はハワイアン全盛であり当然に私もはまってしまった。
 爾来延々と続けており時たまスチールギターを抱えて人様の前でプレーしている。

 スチールギターは本場がアメリカでFender(社)製品が最も有名であった。
 私たちは当然手が出ないので国産品で間に合わせていた。テスコ、グヤトーンが主であった。
 
私は6弦、8弦の国産ものを使っていた。
 そして今残っているのが写真の8弦のスチールギターである。
 スチールギターは一般のギターと異なり調弦は決まっていない。
 各人が好きな調弦を使っている。
 
 ちょっとあげただけで次のような種類がある。
 C76チューニング  1弦より E C A G E C Bb C
 B11チューニング        E C♯ A F♯ D♯ B F♯ B
 E13チューニング        E C♯ G♯ F♯ D B G♯ E
 E7チューニング         E B G♯ E D B G♯ E
 C6チューニング         G E C A G E C A
 E76チューニング        E C♯ B G♯ E D B E
     ・
     ・
     ・
  いやいやまだまだある。6弦で 40種以上 、8弦で20種以上ある。 
  もっとくわしく知りたいなら小林 潔氏のスチールギターメソード(リズムエコーズ社)をご覧下さい。

  結局スチールギターは一般のギターと異なり、演奏上弦を押さえるのはバーと呼ばれる棒である。
  写真にも示すがこのバーも又、多くの種類がある。
  写真のバーはウエスタンや和音を多く押さえて使う時に主に使われるタイプである。
  これは重いです。
  このように棒状なので原則として一列でしか弦を押さえられないので一般のギターのように
 人間の指で変幻自在に弦を押さえることは出来ない。
  そのために調にあわせて弦の方を変化させて対応していくわけである。
  
    
 私のスチールギターにも沢山の思い出が残っており大切に使っているものである。
 今、Fender社も製作をやめた。テスコもグヤトーンも今は作っていない。今私の所有しているものも価値が
出てきているのではないかと思っている。
 現在販売されている製品はどれも10万円以下では買えなくなってしまった。
 今後はもっと値上がりしていくのだろう。
 ますますハワイアンが聞こえる機会は減っていくのだろう。
 それに伴い人間社会はますます殺伐としていくのであろう。ああいやだ。
 私は毎日弾いておりスチールギターの性能と外観はベスト状態である。
 今後も大切に長く使っていくつもりである。


 次の写真がスチールギターである。
 これを2台連結して使うダブルスチールギターというものもある。
 とにかく調の変化に迅速に対応出来るようにしているわけである。



  追伸 大分悲観的な状況を述べたが、一方明るい方向も出ている。
       今、ウクレレとフラダンスがブームなのである。

        あのドリフターズの高木ブー氏は今大変な人気者になっており、全国を飛び回りウクレレの楽しさを
       例の独特のキャラクターで教えている。
       氏も「今が一番幸せだ」と言っていたのを読んだことがある。
        また、フラダンスは全国的にブームとなっており、専用の雑誌まで発売されている。
       この雑誌がすごく豪華でびっくりした。
       山形県でも天童市でホテルを借り切ってフラの踊りの大会が開かれている。
       若い人から年輩者までが楽しそうに体を揺すらせている光景は本当に心和むものである。
       何とか又、このフラの時代がくれば良いのだがと願っている。
       
       私は60歳以上のサッカーチームに所属して、仙台のチームと定期戦をしている。
       仙台会場の時は対戦後、ホテルで懇親会を行う。仙台駅東口の「丘の上ホテル」である。
       このときに地域のフラのサークルを主催しているホテルのオーナーの奥様がフラを
     ご披露してくれます。
       これで一辺に空気が和やかになり懇親会が盛り上がるのである。
       ハワイアンは着実に意識しない形で我々の心の中に浸透しているなと感じるのである。


 2.アコーディオン

  アコーディオンと聞けば懐かしい哀愁の念を覚える人が多いのではないでしょうか。
  今はアコーディオンを現物で見ることは非常に少なくなってしまいました。
  何か[ふるーい!]という言葉が聞こえてきそうな気がします。
  しかし、エレキギターが出現するまでは、このアコーディオンが楽団(古いですね、
  今はバンド っかな)の主役だったのです。
  シャンソンブームの時は絶対的に必要な楽器でしたし、昭和40年代初めまでのバンドでは
 ギターは脇役でした。
  アコーディオンとサキソフォンがリーダーとしての役割を担っていました。
 なにしろ当時はエレクトーンなどもなかったのですから。
 このような環境の中でアコーディオンがさっそうと主メロディーを演奏し、歌手が歌い、
 脇役の楽器がその音の空隙を埋めていくという形態が軽音楽の構成でした。
 良き時代でした。今はほとんどがコンピュータミュージックとなり生の音など不要となりました。
 こんな状態が続けばこれから残るのはおそらくギターとピアノだけということになっていくのでしょう。
 現代のミュージックを聴くと、チックタク、ババババババババと8連符や16連符で時計のように
正確なリズムで刻まれていきます。これを聞くと気が狂ってくる感がします。
 しかし若い人はこれでないとだめだと言います。
 私はこのような音楽状況が人間不在を進め、世の中を不安定にしているのではないかと
 思っているのですがどうでしょうか。
 やはりドラムは人間が叩くのが一番です。狂うから良いのです。トチルから良いのです。
 コンピュータの水晶のリズムに人間が動かされるのはおかしいと思わなければ
なりません。
 さて脱線してしまいました。本来のアコーディオンの話に戻ります。

 私が所持しているのは次の写真に紹介します。
 写真がそのアコーディオンです。イタリー製で、EXCELSIOR(エクセルシャー)社の製品です。

 伴奏用ボタンは120あります。このボタンの下のからくりは圧巻ですよ。



 次が銘板です。

 価格は差し障りがあるので正しくは言えませんがゼロが六つ付くオーダーです。
 何でこんなに高いのかと疑問を覚え分解したときがありますがその時に驚きました。
 完全に手工業製品なんですね。
 ほとんどが膠(にかわ)での接着で出来ています。ねじやビス等は内部では使われていません。
 まったくの名人芸での組み立てなのです。
 リード押さえは鹿皮です。私は同社の別のアコーディオンからはずして使いました。
 おかげで私の再組み立ては大変難儀し、結局完全になったのは1年後でした。
 アコーディオンほど価格による音の差が大きいものはありません。
 でも、その音を維持していくのは至難のワザであるとつくつぐ思い知らされました。
 この楽器の特徴の各種音色を作り出す部分です。

 このレバーの組み合わせにより、バイオリン、オーボエ、クラリネット等の音色と、
オルガン的な響きやハーモナイズされた音響効果等の多くの機能を有していて、
これが全て手工業的からくりで実現されているのです。
 つくづく感じ入りました。
 内部はまったくからくり人形なのでした。
 ですからこの価格も無理でないと感じます。
 でもさすがに旧態のままではまずいということでしょうか電子プリアンプを内蔵していて、
外部のギターアンプ等へ接続できる工夫がされており、スタジオや大劇場での演奏が
可能な工夫もされており、立派に現代に通用する改善はされています。
 上の写真のレバー群の上の左右がアンプ出力です。

 
 さて、残念ながら私のアコーディオンの今の音は楽器本来の音ではありません。
 調律が必要なのです。
 でも、レストア料を聞くととても手が出ません。残念です。
 昔は日本でも高級アコーディオンが量産されていたのですが、現在では全滅状態に
近いのです。
 日本はハイテク楽器にはどんどん進むのですが、このような手作り楽器でのシュアは
ほとんど皆無になりつつあり寂しい限りです。 
 しかし、あのフェラーリF1の国イタリーが一方では優れた工芸・手工芸品の国であるということ
は日本とは決定的に違う人間の幅を感じさせてくれます。
 日本よ伝統品を大切にしようと改めて強く感じます。

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